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恐怖心/ Fear

 数日前まで、娘が熱を出していました。発熱してから5日間。ほぼ毎日39度台に達し、食事の時に座るのもヘトヘトな様子。最終的に細菌性感染症ということで抗生物質をとり始めたらすぐに熱が下がりました。

 さて、今回のこの出来事で恐怖心とは何かを考えさせられました。というのも、娘の症状である高熱と下痢のことを立ち話で近所の人に話した際、そのことを又聞きした別の近所の人が、症状がコロナに全て当てはまるのでPCR検査を受けに行ってくださいという連絡が来たからです。

 高熱と下痢のほか、彼女の頭の中では別の症状も付け加えられていました。そもそもわたしは今回その人と話を直接していないのですが、又聞きをしている間に情報は変化したのでしょうし、又聞きでなくとも喋りてと受け取り手の情報の捉え方が変化する事実は職業通訳者として仕事をしていたので嫌というほどわかっています。ともかく、娘の症状を又聞きした素人(ここでいう素人は医師以外、ということにします)からコロナの症状に「全て」当てはまると言われたということを考えたいと思います。

 わたしは今回、二度、娘を医師に連れて行きました。一度目は溶連菌の検査を受け、症状に合わせた薬を処方してもらいました。そのことも近所の人は知っていたのですが、病院を変えるなり保健所に掛け合うなりして検査を受けてくださいというメール内容でした。熱が下がらないので二度目に診察に行った際、血液検査をしてその結果を見ながら、医師にPCR検査を受ける必要があると思うかを訊きました。医師の見解は、今、東京に住む子どもで陽性反応が出る場合、大半が無症状だということ。ではなぜ陽性になるのかというと、親が陽性になった誰かの濃厚接触者になり、その流れで子どもも検査を受けるからだそうです。3月4月のコロナの陽性反応になった人たちは重症化していた場合が多かったけれど、今の東京の傾向は「無症状者」だそうです。ただしわたしは小児科医と話をしたので、東京の子どもたちの傾向ということになります。今、熱がある子どもたちは大体風邪や別の感染症だよと言われました。そして、娘の炎症の度合いを見ても、細菌による炎症が考えられることも伝えられました。

 娘の様子を見てもいない素人か、実際に娘を診察している医師か、どちらの見解を尊重すべきかというと、答えは明白ですよね。PCR検査を受ける必要があるかを訊いた時の小児科医の答えも最新の東京の様子を把握していることがうかがえる内容だったので、納得して帰宅しました。そしてその日から新たに加えた薬の効果もあり、その日の夜には熱が下がり始めました。

 その間も、わたしはずっと、メールについて考えていました。医師である父に電話で症状を伝える時、父は常に「話を聞けばこういう病気かと思うけど、実際に診てないのでちゃんと病院に行くように」と言います。たぶん、それは例えば、It looks scary.という英文を見て「怖そうだ、という意味の文章だということはわかるけど、itが何を指すかはわからないのでそれを知りたければ前後の文脈が必要だ」と言うのと同じことでしょう。自分の持っている情報量でどこまでが把握できるかは、その道の専門家であればあるほどはっきりできるものです。そして、今回の出来事は、恐怖心から、自分の聞いた情報がどれだけ乏しいかという判断がつかなかったということに他ならないと感じています。彼女は、純粋に娘のことを思う気持ちからアドバイスをしたと思うからです。

 これは、きっとその人だけではないでしょう。検査は治療ではないということや、多くの子どもの病気は高熱と下痢を伴うということ客観的事実よりもバイアスの強い恐怖心が勝つというのは、特にいま、コロナウイルスという人類にとってまだわからないことの多いウイルスと対峙する世の中ではきっとたくさん起きる現象だと思います。わたしはとにかく、変化する状況とともに専門家の医学的、科学的見地を根拠に今後ワクチンができるまでの一、二年間は過ごしてきたいと思っています。